胆嚢粘液嚢腫
胆嚢粘液嚢腫とは?
胆嚢粘液嚢腫は胆嚢内容がゼリー状に固化する病気です。
肝臓には肝実質が作り出した胆汁をためておく袋があります。これを胆嚢といいます。
食事をとり、食渣が胃から排出されていくと胆嚢が収縮し、総胆管を通じて胆汁が十二指腸に排出されます。
胆汁は脂肪の消化を助け、便に茶色の色調を与えています。
胆嚢の病気としては、胆嚢炎、胆泥症、胆石などが有名ですが、胆嚢粘液嚢腫はちょっと特殊で、
胆嚢の壁から胆嚢中心方向に向かってゼリー状物質が固まりながら貯留していく病態をとります。
何故ゼリー状に固まっていくかの根本的原因は未だに謎な部分が多い状況です。
胆嚢壁の細胞が粘液化生といわれる変質を起こし、粘液が過剰に生産されることが組織学的な病因と思われます。粘液化生は、ヒトの慢性逆流性食道炎の患者さんでも食道壁に見られる変化で、おそらく慢性的な刺激や炎症がトリガーとなって細胞の変質が起きていると思われます。粘液を産生することで細胞組織が自己防衛しているのでは?という憶測が成り立ちますが、真偽のほどは定かではありません。
粘液化生に慢性炎症や、刺激が関連すると思われることから、胆嚢粘液嚢腫の成り立ちには慢性的な炎症・刺激が絡んでいると思われます。
胆嚢粘液嚢腫の胆嚢内容物を培養しても細菌の存在が確認されない事も多く、感染が主原因とも言い切れません。しかし、感染が存在する場合もあり、原因の特定は現時点では困難な状況です。
加齢や犬種特異性、脂質代謝異常なども病因と言われています。
粘液嚢腫が進行すると胆嚢内をゼリー状物質が埋め尽くす状態になっていきます。
当然、胆嚢の収縮能は失われていきます。
また、胆汁の流れにうっ滞が生じ始めます。最終的には胆汁が流れなくなります。
胆嚢壁が内圧に負けて破綻すると胆嚢穿孔・破裂という状況になります。
そうなると胆汁が腹腔内にぶちまけられる状況となり、腹膜炎に発展、急性腹症、死亡という流れになってしまいます。
症状
粘液嚢腫が存在しても胆汁が排出されているかぎりは、ほとんど無症状です。
進行して胆汁うっ滞を生じ始めると、消化器症状(下痢、嘔吐、食欲不振など)や肝機能障害を呈する場合がありますが、胆汁うっ滞レベルでも無症状のものも多いです。血液検査やエコー検査では異常がでます。
胆道閉塞にまで至ると、黄疸が出始めます。基本的にここまで来ると元気も無く、食欲もほぼ廃絶、尿は異様に黄色くなり(黄疸色)、あきらかに異常であると飼い主さんが気づきます。
胆嚢穿孔、破裂に至ると腹膜炎に発展しますので、ぐったりし、腹部の激しい痛み、嘔吐など様々な異常を呈してきます。基本的に胆汁漏出による腹膜炎にまで至ると、死亡率が跳ね上がります。
治療
病期によって対応が異なります。
下記に示すものはあくまでも当院での治療指針です。この病気の統一された世界的な治療基準はありません。
手術適期も各診療機関の診療指針、獣医師の裁量で決まるものとお考えください。
1.部分的粘液嚢腫で無症状のもの
下記の治療を複数組み合わせる。
低脂肪高タンパク食
適度の運動
肥満の解消
胆汁排泄促進薬の投与
oddi筋弛緩薬の投与
胆嚢収縮薬(現在は否定的)
肝機能に異常がある場合は肝機能改善薬・SAMe含有サプリメント等の投与
高脂血症が有る場合、高脂血症改善薬の投与
感染が疑われる場合、抗菌剤、消炎剤等の投与
慢性歯周病、口腔内感染性疾患の存在が有る場合、歯科処置を行うのが望ましい。
2.粘液嚢腫が胆嚢全域にわたり、いつ破綻するかわからないが、動物は無症状の場合
上記治療を続けつつ、胆嚢摘出手術を視野に入れた処置を飼い主さんと話し合いながら決定
3.粘液嚢腫が胆嚢全域にわたり、いつ破綻するかわからない状況下で、黄疸症状を出し始めた場合
点滴などの積極的治療を施し、ある程度持ち直したところで期を見て手術。
点滴等の治療に無反応の場合や穿孔・破裂に進行する例では早期に外科対応
4.胆嚢穿孔、破裂、腹膜炎に至っている場合
緊急手術
やるべき事をキチッとやってもかなりハイリスクになります。
大学研究機関の報告では6割以上の死亡率(術中術後含めて)です。
好発犬種
ミニチュアダックス
トイプードル
ミニチュアシュナウザー
シェルティ
上記以外でもポメラニアン、シーズー、チワワ、柴犬、雑種犬で粘液嚢腫を経験しています。
予防
かなりの進行があるまで無症状ですので、無症候期に診断をつけるのがまず第一。
診断がついたら治療を開始しますが、進行をどこまで食い止められるかは
経過観察中に適宜検査しながら診ていく必要があります。
病因不明の病気ですが、悪化要因を排除していくことが予防(進行抑制)の基本となります。
残念ながら、いろいろ手を尽くしても進行する例があります。
この病気にペットが罹っているという認識を飼い主さんが持つことがまず重要で、
全く知らずに進行し、ある日突然胆嚢破裂というパターンにならないことが肝要です。
胆嚢粘液嚢腫の手術
胆嚢摘出術、総胆管疎通性確認が基本になります。
胆嚢破裂の場合は、上記に加え多量の腹腔洗浄を行います。
腹腔ドレナージ、経腸チューブや胃瘻チューブ設置、中心静脈カテーテル留置などを行う場合もあります。
胆嚢摘出後、肝酵素の異常上昇が起きる場合があると報告されています。
一過性の場合も有りますが、半永久的に肝酵素上昇が起きる可能性もあります。
胆嚢という貯蔵タンクが無くなり、肝臓が作り出した胆汁がダイレクトに総胆管に流入するため、
胆道系に負荷がかかるためと推察されます。
胆嚢摘出後、総胆管内胆石が生じるリスクも指摘されています。
手術は万能ではありません。ですが、こういった術後リスクと、現在の状況を天秤にかけ、
有利と思われる手段をこうずる必要があります。
一過性黄疸を呈したが、点滴等で治まった例では症状が落ち着いているうちに早期手術が推奨されます。
胆嚢破裂・穿孔の場合は、緊急外科以外に選択肢はありません。
実際の症例(胆嚢粘液嚢腫・胆嚢摘出手術)
症例1
胆嚢粘液嚢腫のわんちゃんです。
数日前から急に元気が無く、食欲も無くなり、吐いている。
尿が異常に黄色いという主訴で来院されました。
血液検査では肝機能障害、高ビリルビン血症(黄疸)、白血球増多(好中球増多)、
CRP増加(炎症)、軽度貧血(再生性)という状況。
レントゲン的には特記すべき点はありません。
超音波エコー検査所見
本来の胆嚢は真っ黒のボール状です。
この子の胆嚢は中心部が白く、辺縁に白い縦筋が入り、典型的な「キウイフルーツ様所見」を呈しています。
数日、内科治療を施したところ、黄疸が解消し、炎症の数値が下がってきました。
飼い主さんと相談の上、手術することとしました。
犬の体格に比較して巨大な胆嚢が確認されます。
幸い穿孔はなく、腹膜炎所見もありません。
胆嚢壁は肝臓に強固に癒着していました。
この胆嚢を丁寧に剥離し、切離しました。
その後、総胆管の疎通性確認を行い、切断部を結紮しました。
胆嚢内容の細菌培養も行います。
摘出した胆嚢に割面を入れてみたところ。
ゼリー状物質で埋め尽くされています。
細かい縦筋も確認できます。これがエコーで縦筋に見えるのです。
このわんちゃんは、幸いに術後経過も良く、肝酵素値も正常化しました。
現在も食事等に気をつけながら定期検診し経過観察中です。
症例2
同じく胆嚢粘液嚢腫の小型犬です。
内科治療で急性増悪時を乗り切ったため、オーナー様と相談の上
外科に踏み切りました。
拡張した胆嚢に大網膜が癒着、更に横隔膜が癒着していました。
胆嚢を破綻させぬよう細心の注意をしながらこれら癒着を剥離させました。
次に、胆嚢を肝臓から剥離していきます。
胆嚢を破綻させぬよう、かつ肝臓へのダメージを負わせぬよう
丹念に剥離をすすめます。
この子の場合、既に肝臓実質の被薄化が進んでいるため熱損傷性のデバイスの使用は極力控え、無理な剥離は決してしないよう心がけました。
剥離が完了したので、切離のための結紮をすすめています。
胆嚢切除が完了
出血も少なく、ダメージも最小で完了できました。
摘出胆嚢割面
粘液嚢腫が全域に見られました。
この子は術後経過良好で、肝機能も時間と共に改善していきました。
現在、投薬しながら経過観察中です。
症例3
チワワ
胆嚢粘液嚢腫の履歴有り、急性増悪、超音波エコー検査にて部分破裂を認めたため、状態安定後に速やかに手術
胆嚢は重度に拡張してカンカンに張った状態、
周囲組織と癒着、部分破裂部位は癒着していました。
神経外科でよく使っている極先細のバイポーラーを利用し、
丁寧に胆嚢を肝臓から剥離していきます。
剥離が完了しましたが、そのままサチンスキー鉗子で挟むと容易に破裂するので、胆嚢を一部切開し内容物(粘液嚢腫)を除去、減圧をはかります。
減圧後に鉗子で鉗圧し、切離しました。
切断端付近の粘液や胆泥は除去します。
この子の場合、切断端以降の胆道にも胆泥やムチン質残渣の閉塞が疑われますので、胆道系の洗浄、十二指腸への通過性の確認が必須です。
切断端にカテーテルを設置する下準備としてタニケット(洗浄カテーテルが抜けないようにする輪っか)を設置しているところです。
タニケットを締め、生理的食塩水をゆっくり注入、洗浄を行います。
詰まりが無ければスッと流れるようになります。
胆嚢切除手術後から経過が悪い(早期に死亡など)症例は、手技的な問題のみならず、この洗浄・通過確認工程がちゃんとできていない事が多いのでは無いかな?と個人的には思っております。
胆嚢だけ切除しても、その先が詰まったまま閉じてしまっては手術をした意味そのものがなくなってしまいます。
術前の検査等で胆嚢以降の疎通性に問題が無いと判断される場合は洗浄・疎通性確認工程は省いてもよいとされています。
そうでない場合や、閉塞のリスクありと判断される場合はスキップできる工程ではありません。
摘出した胆嚢に活面を入れてみたところです。
粘液嚢腫でした。
今回は内容物の培養検査を行います。
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