北千里動物病院

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更新日 2021-04-20 | 作成日 2021-04-20

犬の乳腺腫瘍について

犬の乳腺腫瘍はそのほとんどがメスで発生します。
メス犬に発生するすべての腫瘍の約50%をしめるメジャーな腫瘍といえます。
犬の乳腺腫瘍の約50%が悪性であり、そのまた50%が転移率の高い(悪性度の高い)ものとされています。(犬の乳腺腫瘍の50 50 50ルールと呼ばれます)
逆に言い換えれば50%が良性であり、悪性のものでも50%は転移率の低いものと言う事になります。

ワンちゃんには普通左右5個づつ合計10個の乳頭とそれに対応する乳腺組織があります。
乳腺は脇の下からはじまり、陰部近くにまで存在しています。
つまり、腹部のかなり広範囲にわたって乳腺が存在しているのです。
その、どの部分に対しても乳腺腫瘍が発生する可能性があります。
老齢のメス犬や2回目発情までに避妊手術をしなかったワンちゃんでは腫瘍発生確率が高くなる傾向があります。
お腹を触ってみて乳腺部に硬めのしこりに触れる場合、乳腺腫瘍の可能性があります。
しこりは一個のこともあれば複数の場合もあります。
しこりがある程度自由度をもって動くものもあれば、固着した感じのものも存在します。
腫瘍が小さいから良性、大きいから悪性というような単純発想はできません。
小さくても悪性であった例は多数あります。
しかし、とりあえず腫瘍直径がが3cmを超えるようなものでは、悪性であった場合の転移の確率が高まるので,はやめに切除をしたほうが良いように思われます。


治療の方針

問診、視診、しこりの触診をおこないます。
多くが中年期以降で発生しますので、手術が前提であれば麻酔に耐えれるかどうか確認の意味で血液検査(スクリーニング)を行います。
また、少なくとも肺転移が無いかどうかを確認する意味で胸部レントゲンを撮影します。必要と感じられれば腹部超音波エコー検査を併用します。
残念ながら肺転移が確認される場合、予後は悪いと言えます。

乳腺腫瘍に限って言えば針生検の検査精度は低く、診断率が低いので当院では通常行っておりません。切除したものを病理検査に出すという形がほとんどです。
腫瘍が複数に渡る場合一個は悪性、一個は良性という具合に入り交じる可能性もあります。
針生検で良性という結果が出ても悪性の可能性を否定出来ないので、結局切除することが優先されます。
術前生検を行うのであれば、ある程度の塊として腫瘍を採材し検査する必要があります。


外科処置

外科処置にはいくつかの選択肢があります。
・腫瘍発生部分だけを切除する
・第1~3乳頭までの片側乳腺を部分摘出(腫瘍がこの領域に存在する場合)
・第3~5乳頭までの片側乳腺を部分摘出(腫瘍がこの領域に存在する場合)
・腫瘍発生側の乳腺を片側全摘する
・両側発生の場合、症状の重い側を片側全摘し、時間をあけて反対側を全摘する
・片側全摘+部分切除
・両側乳腺全摘

上記のうち、両側乳腺全摘はあまり行われません。一度に切除する範囲が広いので皮膚の余裕がなくなり、縫合に難渋するという理由からです。皮膚に余裕があり、縫合後のリスクが少ないと判断される場合は可能です。

広く行われている術式は片側乳腺全摘出術です。
当院でも、飼い主様の同意が得られればこの方法を第一選択としております。
部分摘出は手術が短時間で終了し、傷も小さくて済む反面、乳腺が広範囲に残りますので腫瘍再発リスクは高くなります。
片側乳腺全摘出は、手術する領域が広くなるので手術時間が少々長くなるのと手術創の範囲が大きくなるという反面、再発リスクが非常に小さくなるという利点があります。

もちろん当院では飼い主さんと話し合いのうえ、手術様式を決定していきます。
避妊手術を併用する事も可能です。
乳腺腫瘍が発生してしまってから今さら避妊手術やっても乳腺腫瘍の発生率は変えられない・・・・そう言われてきたのですが、最近では腺癌の場合は避妊手術併用で予後に差が出る(寿命がのびる)と報告されております。
避妊手術を2回目発情までに行った場合は明らかに良性も含めた乳腺腫瘍全般の発生確率を減少できるようです。

ちなみに、猫の乳腺腫瘍はその大部分が悪性であり、転移の危険性も高いものが多いです。猫で乳腺腫瘍が発見され手術を行う場合はたとえ腫瘍が小さく1個だけであったとしても片側乳腺全摘が本来の適応になります。
既にある程度育ってしまった猫の乳腺腫瘍では遠隔転移を起こしている事がしばしばあります。犬と同様に肺転移がみられるものは残念ながら予後不良です。




実際の症例

乳腺腫瘍のワンちゃんの写真、実際の手術について写真を交えて解説いたします。
少々グロテスクな写真が載っています。見たくない方は読み飛ばしてください。


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乳腺にかなり大きな腫瘍があり、部分的に皮膚に穴があき、膿様物が漏出しています。
この子はこの時点で高熱をだしており、食欲廃絶し、ぐったりして来院されました。
血液検査では白血球(好中球)の異常増多を認め、膿汁からは多数の細菌が確認されました。
これらの結果から乳腺腫瘍の自潰部分に感染が及んだ状態であると推察されました。
まず、ドレーンを入れて排膿及び洗浄を繰り返し、抗生物質や消炎剤の全身投与、点滴などを行い全身状態を安定化させました。
数日で高熱は下がって平熱となり、食欲ももどってきました。
状態が落ち着いてきたのをみきわめ、外科に踏み切る事に致しました。
幸い、術前の胸部レントゲンでは肺転移らしき影も認められず、腹部超音波検査でも問題は認められませんでした。

外科手術


飼い主さんと話し合いの結果、巨大な腫瘍のある側の片側乳腺全摘出術+対側の小腫瘤部分摘出を行いました。
乳腺切除の際にはレーザーメスを利用します。出血も少なくワンちゃんにやさしいです。
写真は左側乳腺を切除し終えた後の写真です。
腫瘍が固着していたため胸筋の部分切除と筋膜切除も行いました。
(この事でのちのち機能障害が出ることはありません)
脇の下から陰部まである乳腺を切除しますので、切った直後はかなり大きな傷に見えます。
この子は付属リンパ組織の郭清も行いました。



皮下組織を寄せて死腔ができないように縫合していきます。
この写真は皮下縫合を終えたところです。傷口が一本の線状になりました。
鎮痛剤はもちろん使用するのですが、当院では縫合前に長時間持続型の局所麻酔薬を術創に施します。
これにより、ワンちゃんが目覚めたときの痛みが相当やわらぎます。
この子も傷の大きさの割に覚醒後ケロッとしていました。
術後経過も良好で、翌日にはガツガツと食べ点滴も早々に中止、術後早期に
退院となりました。


経過良好、傷もいい感じで着いてるので10日目に抜糸しました。

摘出した乳腺と腫瘍は基本的に病理検査に出します。
この子の場合、結果は乳腺癌でした。
切除縁のマージンは陰性で、外科的に取りきれているという結果でした。
切除したものは乳腺癌ですので、今後も注意深く経過観察する必要があります。

この例のように、腫瘍が大きくなりすぎると皮膚が破れたり、部分的に感染を起こしたり、腫瘍内部で部分的壊死巣が発生したりします。
大きいとそれだけ切除域も大きくなりますし、なにより悪性であった場合は転移してしまっている可能性も高くなるわけです。
もし乳腺腫瘍を発見したら、ここまで大きくならないうちに切除するほうが良いと思われます。
乳腺になにかシコリをみつけたら、早めにご相談下さい。


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