肥満細胞腫(犬)
肥満細胞腫・・・「太った犬の腫瘍ですか?」と飼い主さんから言われる事がありますがまったく関連はありません。
肥満細胞は皮膚の血管周囲や筋肉、内臓など体の各所に存在している細胞で、さまざまな刺激によって生理活性物質を放出し、炎症反応を引き起こします。
これを読まれてる方の中には花粉症の方もおられるかと思いますが、花粉症も花粉に反応して肥満細胞からヒスタミンなどの生理活性物質が放出されることで鼻炎や結膜炎がおきる病気です。
この肥満細胞が腫瘍化したものが肥満細胞腫ということになります。
発症平均年齢は約9歳と、ある程度歳のいったワンちゃんで発症します。
好発犬種(たとえばゴールデンレトリバーなど)がありますが、どの犬種にも発生します。
肥満細胞腫は皮膚に発生する腫瘍全体の約5分の1を占め、皮膚腫瘍の中ではもっとも多いものといえます。
肥満細胞腫は悪性腫瘍であり、後述するステージや組織学的グレードによってかなり予後に差があります。
症状
肥満細胞腫は「大いなる詐欺師」の異名をもつほど多彩な外見を示します。
ある程度固いしこりであったり、脂肪腫のように柔らかであったり、脱毛を伴うこともあればそうでないこともあります。また潰瘍や出血を伴う場合もあり、
これという定まった形態をもちません。
肥満細胞腫を触っていると刺激を受けた細胞から生理化学物質が放出され周辺が赤くなったり、浮腫を起こすことがあります(ダリエ徴候)。
このように肥満細胞腫からは生理化学物質が刺激により容易に放出されるため、さまざまな合併症を起こします。
胃酸分泌の増加による胃潰瘍、胃穿孔、消化管潰瘍、嘔吐、食欲減退、腹痛、黒色便(消化管出血による)、血液凝固障害(血が止まりにくい)呼吸困難(肺水腫)などがそれにあたります。
また脾臓や消化管などに発生した内蔵型の肥満細胞腫では外見的変化を飼い主さんが捉えにくいといえます。
予後
肥満細胞腫の予後は下記に示す臨床ステージが高いほど予後が悪いとされますが、必ずしもそうとはいえない部分もあります。
組織学グレードは腫瘍の挙動を予測する上ではもっとも信頼できる指標です。
分化度が低いほど(グレードが高いほど)遠隔転移の危険が増大し、予後は
悪いものとなります。
肥満細胞腫の切除手術を行った場合は通常組織学的グレードを検証するため切除組織を病理検査に出します。
一般に包皮や肛門、会陰部、爪、粘膜・皮膚移行部に発生した肥満細胞腫は悪性度が高く予後不良です。
また内臓、骨髄に見られた場合も予後不良です。
肥満細胞腫の段階(臨床ステージ)
ステージ0
可能な限り腫瘍を切除したが完全切除が不可能であったため病理組織検査では病変の残存を認める。
ステージ1
腫瘍が真皮に限局し周辺に浸潤していない。リンパ浸潤はなし。
ステージ2
腫瘍が真皮に限局しているがリンパ節に波及している。
ステージ3
腫瘍が皮膚に多発、周囲組織に浸潤している。リンパ節転移はあるかまたは無い。
ステージ4
腫瘍の再発、遠隔転移があり、血液や骨髄に腫瘍細胞が出現する。
肥満細胞腫の組織学的グレード分け
グレード1(高分化型)
細胞は分化した形態をもち、限局して存在し、境界が明瞭。
グレード2(中程度分化型)
細胞は中程度の分化を示し、腫瘍の範囲・境界は不明瞭。
グレード3(低分化型)
細胞は未分化(幼若)で限局せず散在し、腫瘍の範囲・境界は判別不能。
実際の症例
(1)ゴールデンレトリバーの体側面にできた肥満細胞腫
FNA(針吸引生検)で多数の肥満細胞が確認されました。
細かい顆粒を充満した細胞が肥満細胞です。
マージン(腫瘍本体からの余白)を広く取り切除しています。
下方は筋膜切除を行い、閉創しました。
腫瘍そのものの大きさに比べ切除範囲は大きなものになります。
肥満細胞腫では側方マージンを2cm以上とらねばなりません。
下方は筋膜一枚を切除する必要があります。
このワンちゃんでは組織学的検査で完全切除が確認され、現在も局所再発はありません。
(2)ラブラドールレトリバー
肘にできた肥満細胞腫
肘に直径2cm強の肥満細胞腫が認められました。
こういった場所の肥満細胞腫では手術の際にどのくらいマージン(腫瘍本体からの余白)をとれるかがカギになります。単純に大きく切除しても皮膚が足りず縫合できません。
手術計画
普通に切っても傷が閉じれないので軸状皮弁というテクニックをつかって
閉創することにしました。
上図は皮弁形成の手術計画図です。
このワンちゃんの場合は閉じるべき皮膚(皮弁)を脇から採取して
回転させて傷を閉じることにしました。
脇の皮膚はあまりが多いのでそのまま閉創できます。
手術
切開予定線を手術用マジックで描き、切開を開始
肥満細胞腫の周囲は予定どおり大きくマージン確保し切除。
脇から皮弁形成を始めています。
肘部の半周近くの皮膚を切除しています。
筋膜も一層剥離しました。
軸状皮弁による閉鎖終了
抜糸後・・まだうすいピンク色ではありますが皮弁は生着しました。
軸状皮弁では術後に漿液がたくさんたまってくる場合はドレーン(廃液管)を装着したり、意図的に一部縫合を解いたりする必要があります。
また患部の安静が保てない場合などは皮弁の生着が妨げられる場合もあります。
手術そのものよりも術後管理に注意を要します。
その後の再診時の写真
毛も生えそろってきました。皮膚のつっぱり感もなく良好な状況でした。
(3)雑種犬の肢端の肥満細胞腫
肢端に大きく軟らかい腫瘤が形成されています。
生検の結果は肥満細胞腫でした。
このような例では足の機能を保ったままでの完全切除は困難だと思われます。
内科治療(ステロイド、抗癌剤等)で減容積を図ったり、レーザーによる熱凝固法などの治療法も視野に入れつつ今後の治療方針を決めますが、完全切除のためには断脚も治療の選択枝に入れなければなりません。
このワンちゃんは飼い主さんの意向で断脚は行いませんでした。
最近では肥満細胞腫のc-kit遺伝子の変異を検査し、変異が確認されれば、イマチニブ(グリベック)という薬剤が効果を示す可能性があることが分かっています。肥満細胞腫の新しい治療法として注目されていますが、薬価が非常に高い薬である点が難点です。
肥満細胞腫は基本的には悪性度の高い腫瘍であり、手術で完全切除がなされた場合でも、定期的観察を行うなど充分な注意が必要です。
術後の病理診断で切除縁や筋膜組織に腫瘍細胞が見られず、組織学的グレード1~2、臨床ステージ1であってもその後再発を繰り返した例はあります。
ワンちゃんをさわっていて体表になにか腫れを発見した場合、
大きさが小さくならない(治癒傾向に無い)、大きくなる、数が増えると言った場合はお早めに動物病院にご相談ください。
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